- 万博効果!我が家の国旗ブームとアラビア語学習
- アジア・中東の躍進とヨーロッパの停滞感
- 過去の万博と比較して見えてきた時代の変化
1. 万博から1ヶ月、我が家の変化

万博に行ってから早1ヶ月が経ってしまった。
当初は心配されていた入場者数やメタンガス問題、未完成のパビリオン問題もほぼ解決したようで、最近はネガティブキャンペーンも勢いを失っている。周りにも、万博に今後行く予定だという人や、すでに行ったという人も出てきた。
このまま成功に終わってくれれば、また20年後にでも日本で万博が開かれるのではと期待もできるので、素直に嬉しい。あとは、日本の酷暑を乗り切れるか、台風やその他の自然災害を耐えられるかどうかも大事だと思う。ユスリカは別に刺すわけじゃないから大丈夫だろう。
この1ヶ月の間で、普段の生活にも万博に行った影響が出ている。一番大きな変化とはというと、4歳の息子が国旗大好き少年になったことである。それと同時に、私自身もたくさんの国旗を覚えた。おまけに、2歳の娘も拙い発音で「ぶゃじる、かんこく!いほん!さうじあらびゃ!」と国旗を指差して言えるくらい、万博の教育効果は大きいものがある。国旗を覚えると、意外と日常生活で新たな発見を体験できる。例えば、ベトナム料理屋のネオン看板に星が描かれていることに気付いたり、自分の飲んでいるコーヒーのパッケージにその産地の国旗を見つけたりと、ささやかな幸せを感じることができる。
2. パビリオンから見る世界情勢
さて、本題に入っていくが、万博に行ったことで、いろいろなことを自分なりに考えてみた。1つ目は簡単に言ってしまうと、世界情勢についてである。
これは、万博に行った人ならみんな多かれ少なかれ感じるのではないかと思うのだけれど、
「アジアと中東が意外と凄いな!アメリカと中国はやっぱり凄いな。ヨーロッパはオシャレだけど相変わらずじゃないか…?アフリカと南アメリカはまだ後進国なのか?」
という感想である。
実際にSNSを覗いてみると、もちろんイタリアやフランスは鉄板的な人気があるものの、それより反響を呼んでいるのは、サウジアラビアやUAE、ヨルダンといった中東地域や、インドネシア、フィリピン、マレーシア、タイといったアジアの国々である。中でもサウジアラビアは2030年に万博の開催が決定している為か大変な力の入りようだ。そういえば、最近はニュースでもサウジアラビアという国をよく耳にする。トランプ大統領がリゾートやゴルフ場、その他の建築などをサウジアラビアやドバイに作ろうとしていった情報や、サウジアラビア内の一部の場所でお酒を飲むことができるようになったという情報だ。日本に住んでいる身にしては疎いが、サウジ出身のウサマ・ビンラディン率いるアル・カイダが貿易センタービルにテロ行為を行った時とは世界情勢が変わったようである。アル・カイダの名前も最近は耳にしなくなり、イスラエルとパレスチナが相変わらず戦争を続けているニュースが殆どで、サウジアラビア自体に悪い話は聞かない。もしくは、米中関係が悪化している現在では、アメリカはインドや中東の方に重きを置いて、中国の力を弱くしていきたいと考えているということもあるかもしれない。いずれにせよ、以前と比べて、サウジアラビアを始めとした中東および中国以外のアジア地域が世界の表舞台に顔を出し始めていると感じられる。
次の万博のときにサウジアラビアに行ければいいなと思い、アラビア語の勉強も始めたところであり、さらにサウジアラビアの近代史についても少し勉強をしてみた。観光の本を含めて読んだ本は3冊ほどだが、一番しっかりした本はこれである。
どうやら、サウジアラビアはイスラム国のリーダーとして、宗教的にも政治的にも、対外的に模範となる発展を目指しているとのことである。国の最高法規としてクルアーンを掲げている生粋のイスラム教国であり、宗教は絶対的な権威を保ち続けながらも、国際的な立場を確立するために、政治と文化の変化を容認していく途中であり、国民の支持もあるその変化を推進していく方針のようだ。
産油国として発展し、世界に扉を開いたことで起きた変化から9.11のような事件が発生してしまったが、むしろそれを踏み台にして国際的に寛容なイスラム国家、つまりは安全な国だという立場を発信していきたいようだ。また、脱石油のための観光立国、先進技術の発展を目指していることも伺える。2030年の万博の他に、2034年にはワールドカップが開催されることが決まっている。2019年になり、観光ビザが初めて支給されるようになったサウジアラビアは、徐々に準備を整えているといったところだろう。しかし、外国人がさらに流入するとなると、オーバーツーリズムの懸念もあり、9.11の再来などが起きないだろうかと不安な思いもまだある。今後、もっとも注目すべき国であることに疑いはない。
アジア・中東が躍進する一方、ヨーロッパは停滞を感じさせるところがある。
デザインと芸術においては、確かにイタリア、フランス館は評価されるものがあるのだけれど、前の記事でも書いた、イタリアパビリオンの後半イマイチなところ、イギリスのアフタヌーンティー問題など、手を抜かれているような気がする。
これもそのまま世界情勢に表れているのではないか。EU連合として市場規模を拡大させているはずではあるが、日本の市場には及ばず、新たな産業や医療技術などの話題も出てこない。難民問題をよく耳にする一方で、多様性を推し進めたり、その反発がまた問題になったりと閉塞感が漂っている。なんというか、寿命は長くて一度は繁栄したものの、徐々に滅びていくエルフの国みたいな印象をもつのは私だけだろうか。
中南米そしてアフリカ地域も、あまりパッとしない。まだ発展途上国のままなのかと思う国も多い。自分が小学生のころから問題になっていた国際的な格差問題がまだ残っていて何をしているのかと思う。この30年であまり変わっていない(変わったと体感できない)理由はなんだろうか。ひつは、地政学的な問題ではないかと思う。中国の発展の仕方が良かったとは言えないけれど、少なからず近隣のアジア諸国を引っ張っていた。一方で先進国だったアメリカとヨーロッパはずっと中南米とアメリカを押さえつけている。少しずつ欧米諸国の力が弱まるにつれて、そのうち発展してくるのかもしれないが、まだその兆しというものは出てきていないように思える。
しかし、今回のサントメ・プリンシペ共和国のように、日本の製菓業がカカオ農園を支えているといったところもあったように、日本がこういった国を支援するのは重要なことだと思う。今の日本の政治は「ばら撒き外交」などと揶揄されるが、今後に大きな発展の可能性が残されているのは国は多くない。その上、日本ぐらいしか真っ当に支援できる国がないという状況もある。実際にコモンズ館のブース内展示には、自国の投資的価値をアピールするものが散見された。いつか次の万博が日本で開催されるときは、これらの国が、今のアジアや中東のような勢いをもつことが期待される。
ここまで万博から世界を見たが、次は万博から感じた時代の流れというか、過去から未来への進歩を見ていきたいと思う。そのためには今まで日本で開催された、1970年の「日本万国博覧会」(通称:EXPO'70)、2005年の「2005年日本国際博覧会」(通称:愛・地球博)と今回の万博、「2025年日本国際博覧会」(通称:大阪・関西万博)と比較する必要があると考えた。
自分は小学生の頃に「愛・地球博」に行ったことを覚えている。当時は12歳で、はっきりと思い出せる記憶は多くないが、ヨルダン館で「死海のプール」に入り、ロシア館で凍結したマンモスの化石を見て、ベルギー館でポテトを食べてシェルチョコレートを買ったのを覚えている。しかし、会場がどんな感じだったとか、未来を感じた、とかそんな記憶はなく、勿体なくも少しぼんやりとした記憶である。一方で、今回の万博に同行した私の父は、子供の頃に行った「EXPO'70」を覚えていると言っていた。当時の父は7歳である。日本で開催された3回の万博を全て楽しむことができたと喜んでいる父を見て非常に嬉しかったが、その父の楽しんだ「EXPO'70」はどのようなものだったのか、そして自分が20年前に行った「愛・地球博」も思い出したくなって2冊の本を買った。

まずは、読書感想文も兼ねて、2冊の紹介をさせて頂く。
愛・地球博の本は、中古で600円だったが非常に綺麗でびっくりした。中日新聞が記事にした写真を集めたものであり、当時の人々の暮らしなどを伺うことができて、そのレトロさに浸ることができる一方、パビリオンについての説明などはなく、図鑑的な写真ではない。ちなみに、愛・地球博の記録としての写真は、しっかりとHPで保存されており無料で公開されているのでそちらを参照するのも良いと思われる。
EXPO'70の本は、最近(2025年4月)に発刊された本である。学研がコレクションしていた写真などが掲載されており、当時は学研が建設したパビリオンも複数あったことから、科学的でためになる本だといえるだろう。学術的な資料として非常に優秀な本であるが、すべてのパビリオンの写真があるわけではなく、代表的なものをピックアップしたものとなっている。現代からの考察や比較が為されていることから、こちらの本に関しては、現在の万博に既に行った人、もしくは今から万博に行くことを計画している人にとっても楽しみが増幅するような本であると思うので是非とも購入をおススメしたい。
https://hon.gakken.jp/book/1340701900
3. 過去と現在の万博を比較する
では、過去の万博を振り返ることで、見るポイントを決めておく必要があると思う。簡単に言ってしまうと、万博には二つの意義があるようだ。「先端技術の展示」と「世界的な課題の提示と解決」である。1970年においては前者のみであったが、1990年以降からは後者が必要となり重きも置かれるようになっている。それぞれにテーマが公表されており、時代の雰囲気というものが強く感じられるような気がする。というわけで、そのテーマと、本を読んで感じた当時の雰囲気をまとめてみた。
1970年「日本万国博覧会」(通称:EXPO'70)@大阪
テーマ:人類の進歩と調和
戦後からの復興と平和な未来を世界に波及させようという思いが感じられる。「進歩と調和」というテーマから、やや過熱気味な自信と傲慢さを感じる。これは、当時の、もはや熱狂と表現して差し支えない様相を、それでもなお控えめに表現しているのではないだろうか。建築物、展示物に関しても、現在の万博においても決して見劣りしないどころか、本当にこんな建物をつくることができたのか?と目を疑うような規模のものが多くある。現在では太陽の塔しかほぼ残っていないといえるが、「芸術は爆発だ」を体現しており、写真を見るだけで鳥肌が立つような凄さがある。やっぱり、当時のエネルギーは今では考えられないようなものがあったんだろうなと思わずにはいられなかった。
2005年「2005年日本国際博覧会」(通称:愛・地球博)@愛知
地球温暖化を始めとした環境問題に対する意識が世界全体をブームとして取り巻いていたちょうどその頃だったように思う。小学生のころの総合学習には必ずそういったテーマが含まれていたのを思い出す。自然の中に共生するようにパビリオンを作っており、1970年のような爆発力・熱狂は全くと言っていいほど感じられない。写真を見ると分かるのだけれど、とても平和で穏やかな空気が流れている。文明の進歩がひと段落したうえで、自然もしっかり省みようという余裕が生まれているような印象も受ける。
そして今回の万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」である。「いのち輝く」と聞いて一番最初に思い浮かぶのは、最近なにかと話題になっている「SDGs」と「多様性」だと思う。しかし「SDGs」は、その過度な商売性から、「多様性」は行き過ぎた結果、非寛容・不公平を生み出しており、多くの現代人はうんざりしているというのが実際のところではないだろうか。東京オリンピックの開会式なんて、まさにその権化であり、僕としては最悪なものだった。万博も、維新の会が政治利用しているという話や、カジノIR都市構想の一部だという利権の話など、あまり良くない噂で溢れていたため、人々の期待は低かった。
しかし、いざ開幕して、出来上がった万博リングを筆頭とする沢山の個性的なパビリオンを見ると、これは杞憂であったことは一目瞭然である。「SDGs」という必要な縛りの中で、マイノリティやマジョリティではなく「individuality」として輝くことができている。今までの気持ち悪い「多様性」では結局のところ多くの人が輝けずに苛立っており、今回の万博は、その窮屈な状態を打破してくれたという側面があるのではないだろうか。それが、最近めきめきと入場者を増やしている理由なのではないかと思う。来場者は余計なことを考えずに感じ楽しむことが出来るようになっている。現代に独特の窮屈さが無い社会は、未来の理想の形の一つだと言っていいと思う。
もう一つの万博の意義である「先端技術の展示」については、特に難しいことはないように思う。ちなみに過去の万博と比較して面白いのは、映像と通信の進歩ではないだろうか。
映像に関しては、1970年ではほとんどが大型スクリーンに投影するものであり、未来の技術として液晶モニタが発表されている。2005年ではスーパーハイビジョンを主流として未来の技術として発光ダイオードが展示され、今となっては有機ELパネルやVR技術がふんだんに使われていて、未来の技術として展示されているのは3DCGである。きっと、10年後くらいには、そこら中に3DCGが溢れているのかもしれない。
通信に関しては、1970年は肩掛けの携帯電話が展示され、2005年には海外との映像リアルタイム通信が公開されている。今となっては、ZoomもLINEも映像配信が当たり前で、来週に発売されるSwitch2にまで当然のようにくっついているシステムになっている。未来においてはやはり仮想空間だろうか。映像技術と組み合わさって、想像もつかないような世界が構築されるのではないかと思われる。そして、その世界の構築にも大きな役割を担うのはAIなのだろうなと思う。AIは現代では最早、一般的な技術になっているし、今後さらなる発展が見込まれる。
4. 未来への期待と再訪の誓い
以上、非常に長々と述べてしまった。しかし、大阪万博の本の最後のページに書いてあった、岡本太郎氏のメッセージにはこう書かれている。万博はお祭りなのだから、頭を空っぽにして楽しんで、そして詰め込んでいけばよいと。
兎にも角にも、万博に行ったことで、サウジアラビアや今までの万博を含めた様々なことを学ぶことができ、また普段の生活にも良い影響が出ている。
少なくとももう一度は、万博に行きたいと思っているし、5年後にサウジアラビア万博を家族で楽しむことができたらいいなと思う。
2025年5月27日